視覚から嗅覚を刺激するような、文章表現の豊かさ。

千早茜さんの『透明な夜の香り』を読みました。長編だったのですが、章が細かく分かれていて、あまり長さを感じませんでした。とても読みやすい小説です。特に、情景などの描写が繊細で、こういう文章を書くのが小説家という仕事なら、私は小説家にはなれないなと思ったほどでした。そして、今まで抱えていた小説家への未練が、すぱっとなくなりました。いい意味で、私の世界が変わったのです。『透明な夜の香り』を読んだおかげで、私は救われました。

* * *

この物語は、タイトルにもある、「香り」がテーマになっています。本を読むときに使うのは視覚なので、香りを感じさせるには不利な条件であるはずなのですが、それをものともしない、視覚から嗅覚を刺激するような文章表現の豊かさに驚きました。いろいろな香りが、これでもかと出てきます。そして、物語の終わり方もいいのです。香りを感じさせるラストで、物語が終わったあとも、その余韻に浸ることができます。

私のなかで特に印象に残ったのは、クリムゾンスカイという、名前の美しい薔薇です。なぜ薔薇が印象に残ったのか、その理由を、『透明な夜の香り』を読んで確かめてもらいたいです。きっと、クリムゾンスカイの、鮮やかな赤色の美しさが、印象的な場面とともに、まぶたの裏に残るでしょう。

* * *

私は、主人公である一香の生活が整っていく様子に、似ても似つかない自分の生活を重ねて読んでいました。実際には、私が一香のような生活を送るのは難しいはずです。わかっているのに、変わっていった一香の生活に憧れてしまいます。それは、私のなかにある、自然とともにありたいという気持ちが刺激されたからでしょう。どんなに現実が厳しくても、救いのように、本のなかには想像する自由があるのです。

error: 右クリック禁止です。