かたちのあるものを自分の手で生み出すこと。

田中優輝さんの『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』を読みました。私も、ふと、なにか、かたちのあるものを、自分の手で生み出したい、と思うことがあります。刺繍も、その一つでした。私の場合、刺繍は、キットを購入しただけで諦めてしまいましたが、今も、もしかしたら、という可能性を捨てきれずにいます。だからでしょうか、この本と出合ったときに、妙にどきどきしたのです。自分が飽き性なのはよくわかっているので、熱が冷めないうちに読んだほうがいいという自分の直感を信じて、その日のうちに楽天ブックスで注文しました。

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『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』は、ビジネスというよりはエッセイに寄った本だと感じました。でも、全くビジネスの要素がないわけではありません。エピソードとしては、がっつりあります。私には、個人事業主として起業することに憧れていた時期があって、そのときに読んでいたのは、ビジネスや自己啓発などの本でした。今でも、興味があれば読むことのあるジャンルです。ただ、当時と今では、それらの本と向き合っているときの心持ちが違います。

自分に対して、欲も期待もない状態で、『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』を読んだときに、ビジネスについて考えるときであっても、私には、こういう、エッセイに寄ったビジネスの本のほうが合っているのだろうな、と感じました。著者の考え方に同調しすぎることなく、引いたところから自分の想いを確認することができたからです。私には、まわりの影響を受けすぎる部分があるので、いちばん大切にしなければいけない自分の気持ち、その気持ちが迷子にならない読書には、安心感がありました。

田中優輝さんとは性格の共通点がいくつかあって、そういう考えがあるから、こういう行動に結びつく、というのがイメージしやすかったです。書かれていることを自分ごとに置きかえるというのが、自然とできていました。『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』を読む前は、諦めたはずの刺繍に本気になってしまうかもしれないということも考えていたのですが、そんな事態にはならず、むしろ、今の私が抱えているものの大切さに気づかされました。飽き性の私にとって、それは、とても重要な視点でした。

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結局、『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』を読んで得たことは、淡々と今の暮らしを続けていけばいいということでした。著者の影響を受けやすい私にとって、ビジネスの要素がある本で、こういう結論に落ち着くことは、とても珍しいことです。『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』は、何度も読み返す本になるでしょう。

今の暮らしを続けていくことのなかには、「YURUDOKUBLOG」で文章を書き続けていくことも含まれています。でも、それは、大切にするべき暮らしを見つけられていたからです。そう考えると、過去のすべての自分の行動には感謝しかありません。私には、暗黒時代と呼んでいる、トラウマになるレベルの過去があるけれど、こういうふうに、以前の自分を少しずつ肯定できるようになっていくのでしょう。

なにか、かたちのあるものを、自分の手で生み出したい、その気持ちは今も変わりません。でも、それは、「YURUDOKUBLOG」という場所からでもいいはずだと、『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ』を読んでいて気づくことができました。たとえば、すでに私の暮らしのなかにあるものであれば、ZINEをつくることも、かたちのあるものを自分の手で生み出すことだといえるのです。

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